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~伊野部俊(転校生)~
海辺の町。
そう聞いて最初に思い浮かべたのは砂浜。そして港を中心とした海の家や漁船。新鮮な魚が食べられる海が近い町。そういう印象を抱いていた。
しかし実際にその海辺の町へ行くと、そこは想像とはかけ離れていた。
砂浜などはどこにもなく、あるのはただコンクリートで作られた人口の港。付近は大きなトラックが日に何十何百と行き交い、大きな通りに近い場所は騒音と振動がひっきりなしに続く。
海辺の町であることは間違ってはいない。港があることも間違ってはいない。しかし巨大な船と港を大きな荷物が出入りする、漁港ではなく物流の為の港だった。
当然漁師などどこにもいない。いるのは作業着の人ばかり。スーツを着た人の数が少ないのもこの町の特徴の一つだろう。
父親の仕事の都合でその町に移り住むことになった。中学一年の冬、いきなり「三月末に引っ越す」と言われて慌ただしい学年末を過ごした。同級生達との別れを済ませ、共に頑張ってきたクラブの仲間達とはいつか試合会場で再会しようと約束した。
幼稚園や小学生の頃からという付き合いの長い友達を含め、今までの全てを置いてこの海辺の町へとやってきた。車に乗って移動している間はワクワクしていたが、到着して町の全貌を見てがっかりした。港から少し離れれば波の音は聞こえず、聞こえるのは大型船の汽笛とトラックの走行音。潮の香りなどは一切無く、トラックの排気ガスに思わず息を止めてしまう。思い描いていたものとは全く違った。
今まで生きてきた全てを置いてきて、期待していた全てを裏切られた。春から新しい中学に通うというのに、プラスとなる感情はほとんど無かった。できることなら前に住んでいた町に帰って、長く一緒に過ごした友人達とまた一緒にいたい。それがこの町にやってきてから一番強く思ったことだった。
しかしいくら強く願っても帰ることは出来ない。引っ越しの荷解きも気が進まないためまだ終わらない。それでも新学期はやってくる。部屋はまだ段ボールだらけだが、新品の制服に身を包んで家を出た。
トラックが通過する度に排気ガスが気分を害してくる町を母親と一緒に行く。海辺の町という雰囲気を一切感じさせない、完璧に舗装された道を歩くこと約五分。家から学校までは前よりもかなり近かったが、心は遙か遠い異世界のようにしか感じていない。
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