第一話 新天地は海港中学

3/50
前へ
/201ページ
次へ
「海港中学」  学校の校門。そこに大きく刻まれた中学校の名を無意識に呟いた。海と港。学校名と土地柄は合っている。間違っていないからこそ、想像していたものとかけ離れていることが余計にがっかりさせるのだ。 「ほら、行くよ」  すでに校門を通過していた母の声が急かしてくる。気は進まないが、現実は受け入れなければならない。半ば諦めるように海港中学の校門を通り抜けた。  校舎の前で、長い髪を後ろでまとめた背の高い女性と出会った。シワのないスーツの胸元に小さな花が付いている。 「あ、伊野部さんですか?」 「はい」  母親の返事に合わせて無意識のうちに一礼。長く習慣として身体に染みついた、体育会系の礼儀からの行動だ。 「音楽教師の山本です。すぐ職員室へご案内しますので、少しお待ちください」  山本と名乗った女性教師はそのまま足早に校門へ行くと、門を閉じ始めた。以前の学校でも通学時間が過ぎれば校門を閉じ、下校時間まで門は開かれることはなかった。この辺りは変わらないらしい。 「ではどうぞ」  校門を閉めた山本先生に案内され、校舎の中へと入っていく。  校舎に入って最初に目に付いたのが段差と二枚の巨大な玄関マット。前の学校では校舎に入ってすぐに全学年全生徒の下駄箱があった。しかしこの海港中学には下駄箱はない。校舎の出入り口に段差があり、まるで家の靴を脱ぐスペースのようだ。その上下に一枚ずつ大きなマットが置かれている。 「下駄箱はどこですか?」  前の学校と比較するように、山本先生に聞いた。 「あ、えっと……当校は基本、土足のままです」  土足のまま校舎に入る。だから玄関マットが二枚も用意されている。土足と上履きの履き替えがない代わりに、できるだけ土足の土を落とそうという考えなのだろう。 「ではどうぞ。職員室は二階になります」  山本先生に案内されて校舎入り口から見える一番近い階段へ向かう。そこに校舎見取り図が貼られてあり、この学校の校舎が四階建てというのがわかった。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加