踏み出せない私と

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一億円が手元に来たのは一年前の夏、少しお金が足りなくなって貯金用の口座からお金を引き出そうと銀行に行ったときのことだった。なんのことかわからなかった。まぁエラーなんだろうと思っていたけれど、日を改めて何回記帳しても変わらなかった。興奮と同時に、現実的な私は思い出した。 「大金が振り込まれたのに警察に届けないで捕まった人がいたっけ…警察にいこう。」 でも、歩き出してすぐ私はまた考え始めた。 これは面白い なにができる なんでも買える パッと誰かに奢る つまらない生活が取り戻せる そう 永遠に続きそうな日常はもういい でも、こわい。 色々考えた末、放置してみることにした。一億円抱えているってなんだかスリリングだ。それだけで楽しい。警察がきたところで、「気づきませんでした」って言えばいい。それに利息だけでも相当なものだ。私の預けている銀行は利率が0.2%だから、1年で100000000×0.002で20万円、税金がかかっても16万円手元に残る。一月一万三千円使える。お小遣い一万円と合わせて月二万三千円。学生にしたらちょっと贅沢できる額だ。そう思って私は一年間その口座を放置することに決めた。一年の間、何もなかったら利息だけを使おう。 ある日、暗闇の中で、私はフィジーのビーチにいた。海風が気持ちいい。やっぱりパッと使った方が楽しい。別荘を買ってのんびり。一生暮らしていける額ではないけれど、一瞬でも最高に楽しければいい、そう思った。 もどかしい一年だった。何回も見に行きたくなったし、こんな鬱陶しい夢ばかり見た。でも今月から使い始められる。利息だけだけれど。いつものように研究室に向かう途中に銀行に寄った私は、増えた利息の中から一万三千円という妙に頭に染み付いた額をぴったり引き出して財布にいれた。 私は毎日大学の隣のビルの地下にあるコンビニでお昼を買う。今日も研究室でサンプルのデータをラップトップに打ち込んだあと、おなかがすいたのでエレベーターに乗った。コンビニに入ると、いつも食べる205円のサラダを手に取ったが、今日はやめにした。特に美味しくもなさそうだけれど、お弁当の中では一番高そうなお寿司を選んだ。 それから何日か少し贅沢なお昼を過ごした。
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