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日本が中国から手を引いたことにより、ソ連が支援する共産党とアメリカが支援する国民党間での戦いが始まると連合国陣営にも不和が生じ始めた。またヨーロッパではポーランドまで進軍したソ連が台頭しつつあった。アメリカにとって共産主義の台頭は大きな脅威である。次の敵をすでにソ連と見据えていたアメリカはこの戦争を早期に終わらせなくてはならなかった。
しかしこの状況を打開する策はなく、国内でも厭戦ムードが漂い、追い打ちをかけるようにルーズベルト大統領が急死。さらに日本はナチス・ドイツに迫害されるユダヤ人を満州のユダヤ人自治区に集める河豚計画を実行。多くのユダヤ人が安定の地を求めて日本に投資し、支援すると米国国内のユダヤ人たちも戦争終結を望み、反戦運動はますます高まっていく。
アメリカは新たな敵である共産主義と戦うために日本との講和を目指し、日本は講和条件を受け入れ、米国との早期講和に成功するのだった。
しかし戦争は終わりではなかった。ソ連は日本とアメリカが停戦後、不可侵条約を一方的に破棄して満州及び南樺太へ侵攻した。日本は中国から撤退させていた関東軍を主力とする陸軍をもってこれを迎え撃ち、辛くも満州と南樺太の防衛に成功するが、ソ連との対立は浮き彫りとなった。
日本は講和条件にあった国民の主権回復、軍縮を進めながらこのソ連という新しい脅威に対抗するために米国との関係を強めるべく動き出す。冷戦期は西側陣営のナンバー2としてアメリカと強調。国際連合の安全保障理事国として米・露・仏・英と並んで就任。共産主義化に対するアジアの防波堤として日本はその一翼を担った。
そして新冷戦を迎えた今、再びその存在が世界に大きな影響を与えることとなった。
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