憂鬱な一日  *拓人side*

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じわじわと汗が滲み、不快感も増加していく中、俺よりも歩くのが遅い栞奈のペースに合わせて歩いて行く。 女に合わせて歩くなんて、今までの俺が知ったら目を剥いて驚くだろう。 でも、いつの間にか栞奈に合せるようになっていたんだから不思議だ。 空に浮かぶ灰白色の雲が今の気分を映しているようで、心の中にしまったはずの靄が浮き上がろうとする。 そんな自分の中身を必死に押し殺し、無邪気にキョロキョロしながら歩く栞奈を見ていた。 目的の店に到着して、ホッと息を吐く。 ティータイムとはズレた時間だったからか、人気店だがほとんど並ぶことなくテーブルに案内してもらうことができるそうだ。 店内はよく冷房が効いていて、汗ばんだ肌を急速に冷えていくのを感じる。 ショーケースに並ぶ宝石のようなケーキ。 季節限定のものから、この店定番のもの。 真っ白の生クリームが照明に照らされて、眩しく感じるのは甘味バカの証拠だろうか。 今日、俺の目を一番に引いたのは、これでもかというほどたくさんのマスカットが乗ったタルト。 至ってシンプルなそれは艶々としていて、余計なものが一切ないことが逆に美味いのだと自信があると言っているようだ。
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