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「なるほど。僕たちは偶像というわけか。皆が同様に貧しければ、自分の身の丈に何も思うことはない。でも当選者という実例を目の当たりにすることで、欲望は喚起される。次は自分も当たるかもと希望を持つのは、当然の考えだ。金をかすめ取ってやろうとか、おこぼれに預かろうとか思うのも――――」
そこまで言いかけたところで、再び玄関の呼び鈴が鳴る。家主は婚約者と顔を見合わため息をつくと、椅子から立ち上がった。
玄関を開くと、黒衣をまとった壮年の男が立っていた。
「失礼します。私はこの町の教会で神父をしています。折り入ってお話をしたく参りました」
家主が何十回も繰り返した断りの文句を淀みなく口にすると、神父の顔が瞬く間に歪んだ。不意に、家主は先ほど友人や婚約者との会話を思い出す。
神の言葉を借りて説得を繰り返す神父の後ろでは、女神の息吹が誘蛾灯のように宵闇を照らしていた。
“些末な憎悪や陰謀、個々の無数の苦悩が蔓延している” (『占領下日記』 ジャン・コクトー)
【完】
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