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「……誤解です。帝都はまだしも、地方の大学は決して裕福ではない。特に僕たちの研究は、ひどく金を喰うんです」
婚約者が家へ戻るのを見届け、家主は口を開く。
「半年前、この夜光蘭から疫病に効果のある成分を発見しました。疫病だけでなく、熱病や風邪、結核などあらゆる伝染病に対する薬効が認められました」
門に飾られた花冠――――女神の息吹を指さす。
分厚い雪雲に覆われた北国の日没は早い。夕闇の暗がりの中、真白い花弁が仄かに光っていた。
「夜光蘭は一部の高原地帯にしか生息しない、とても希少な植物です。栽培も難しく、抽出した成分を精製して薬を作には更に手間と金がかかる。正直、費用も人手がいくらあっても足りないくらいですよ。でもこの研究が成功すれば、疫病はもちろん、あらゆる伝染病の治療は格段に進歩します」
俯(うつむ)き、黙って話を聞いていた女が突然、勢いよく顔を上げて家主を睨んだ。
「何が研究よ! 結局、あなたは自分の成功と名声のためだけにお金をつぎ込むんじゃない。自分のことにしか、金を出したくないだけでしょう!」
金切り声が周囲に響き渡る。その権幕に修道女も学士たちも、唖然と女を見つめた。
「私の夫は、あんたたちの大学に一千万も寄付したのよ。今度はあんたが、私たちに金を払う番だわ!」
檻に喰らいつく獣のように、褪せて痛んだ白髪交じりの茶髪を振り乱し、女は門を揺すった。
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