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婚約者は鍋を置いて、カーテンの隙間から救貧院の一向を見送った。
「どうしたんだ?」
「……昔は、あんな人じゃなかった。ごくごく普通の女の人だったわ。旦那さんも毎日、真面目に畑で働く人で、人を殺すようにはとても見えなかったのに」
シチューを皿によそいながら、婚約者は過去を反芻するように目をすがめる。
「でも、宝くじが当たってから、おじさんの家にお金を分けてもらいに、ひっきりなしに色々な人が来るようになったわ。今のうちみたいに。しばらく経つと、一億円はほとんど使ってしまったって、村じゃもっぱら噂になっていたけれど」
四人の前にシチューを並べ、ため息をつく。そんな婚約者を見て、家主の斜め向かいに座っていた学士がぼそりと呟いた。
「どこかで聞いたことがある。夜光蘭の花冠や護衛は、宝くじが当選することを庶民に広く知らしめるためなのだと」
「え? どういうこと?」
「目の前に人参を吊り下げられた馬のように、人間も目に見える幸運や富を追い求める。金持ちの商人や王侯貴族も庶民の羨望を集めるが、最も親しみやすいのが宝くじらしい。たった二百円のくじで金持ちになるんだからな。生まれも努力も才能も要らない」
家主はスプーンを置くと、テーブルに肘をつき顔の前で手を組んだ。
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