第1章

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「あのぉ、ここ探偵事務所なんですか?」 ある夏の昼下がり。 わたしが倉田さんと花札をしていたときのことだった。 大きなジュラルミンケースとともにその女性はやってきた。 倉田さんはあわてて花札を投げ出した。 ったく、せっかくわたしがコイコイをしていたのに…勝負はお預けのようだ。 「ようこそ、わが倉田探偵事務所へ」 倉田さんは女性のジュラルミンケースを預かり、近くのリサイクルショップで買った2580円のソファーに座らせた。 「夏樹ちゃん、ご婦人にコーヒーを!」 「はーい」 ギシギシ音がする事務椅子から立ち上がり、わたしはコンロに火をつけた。電気ポットなんて洒落たものうちの事務所にはないのだ。 水が沸騰する間ヒマだから、わたしは依頼人の彼女をちらっと見た。 年は30代前半、もしくは20代後半。髪は軽く茶色に染めてあるが、メイクや顔だちもそんなの派手ではない。 でも、服とかバッグはしっかりとブランド物。 紫色の薄いワンピースは海外ブランドのものだし、バッグだって……。 彼女は探偵事務所に来るのは初めてだろうか。辺りをきょろきょろともの珍しそうに見まわしている。 まぁ、どうせ旦那の浮気調査だろうなーと思いながら、わたしは湧いたお湯をカップに入れた。 インスタントだけど、我慢してください。 お客様と倉田さんとそしてちゃっかりとわたしの分のコーヒーを持って、みんなのところに持って行った。 「お待たせしました」 女性は「どうも」と軽く頭を下げると、やっと倉田さんと目を合わせた。 「初めまして。倉田一樹と申します」 倉田さんの名刺をうけとった彼女は、それを大事そうにバッグにしまった。 「私は桐谷華、といいます」 桐谷さんはふわっと香水の匂いを漂わせて、わたしの方に視線を向ける。 「わたしは松本夏樹と申します。これでも立派な探偵なんでよろしくお願いします」 桐谷さんは目を丸くして「まだお若いのに大変ねぇ」とボソッと言った。 ん…?いや、別にいやいややってるわけじゃないし。 わたし、そんな幸薄そうに見えるのか… 「ところで、桐谷さん依頼とは……?」 「あ、そうですわ」 桐谷さんはあわててバッグの中をがさごそとあさる。 「浮気調査ですかね」 倉田さんの耳元でそうつぶやくと、「だろうな」とうなづいた。
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