第1章

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『夏樹ちゃん?』 切っていなかった電話から、倉田さんの声が届いた。 『捕まえて、一発殴ってやろうなんて思わないでね』 「……」 わたしはそんなに単細胞だと思われているのか……。 「だ、大丈夫ですよ」 電話の奥では、倉田さんの笑い声が聞こえる。 まぁ、倉田さんに免じて殴るのはやめよう。 五百メートルほど走っていると、前方に紫のワンピースを発見した。 ちょうど、大通りの信号待ちをしているようだ。 「桐谷を見つけました!」 倉田さんの「わかった」という返事を聞き、わたしは電話を切った。 「……」 桐谷はやはり駅に向かっているようだ。 信号が青に変わり、通行人が一斉に歩き始める。 わたしは桐谷の後を追いかけた。 5メートルの距離をとり、しっかりと桐谷の足元を確認。 ワンピースやバッグはブランドで固めておきながらも、靴はどこにでもありそうなハイヒール。 ますます不信感が募っていく。 桐谷は駅の改札に向かうのかと思いきや、改札を通り過ぎ、一つの建物の前で足を止めた。 「ん……?」 わたしはスマホをみるふりをして、桐谷を観察した。 丸山銀行の前。彼女は二階建てのその建物を見上げ、少しだけ笑う。 そのまま銀行に入る…わけでもなく、彼女はスマホを取り出した。 というか、銀行は閑散としていて誰かがいる様子はなかった。 もしかして、しまっているの……? 「あの、すみません」 わたしは思い切ってベビーカーをひいたママさんに話しかけた。 「はい?」 「あそこの銀行って、何かあったんですか?」 「あぁ」 母親は少しだけ不機嫌そうな顔をする。 「銀行強盗があったらしいんです。犯人がまだ捕まっていないらしくて……」 なるほど。だから真昼間にもかかわらず、人がいないわけで……。 「ありがとうございます」 わたしは母親に早口でお礼を告げ、桐谷に視線を戻した。 ……いない?! 紫のワンピースの姿は、もう銀行の前にはいなかった……
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