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「いい老人ホームねえ。何を持ってして『良い』っていうのかはよくわからんが」
「うーん。そう言われるとよくわかんないけど。おじいちゃんになっても笑っていられる場所にいるためには、お金でどうにかできるところはどうにかした方がいいもの」
お金で、どうにかなること。
「まあ、そうかもしれないな。――最も、俺はお前がいればどんなところでも笑っていられると思うけど」
妻の返事はない。
「なあ、本当だよ。俺はお前がいるだけでいいんだ。こうやって話をして、こうやって向かい合って座って、一緒にご飯を食べて、一緒に眠って、一緒に出掛けて、さ。――俺、お前と結婚できて良かったって毎日思ってるんだよ。ほんとだって。学生の時にみんなのアイドルだったお前に一目ぼれして、アタックして、お前と付き合う事になってから、俺はずっと幸せなんだ。お金でどうにかなるってものじゃあ、俺は笑って暮らせないんだよ。お前がいなきゃ、俺はいくら金を持っていても幸せになれないんだよ。分かってるか?」
広いリビングで、聞こえるのは俺の声だけ。
「なあ、一億円あったって、お前が居なきゃ意味がないんだよ。必死こいて働いてんのに金ないなあって俺が言ったからって、石川啄木みたいとかって笑ってるだけで良かったんだよ」
札束は喋らない。俺が口を噤むと、部屋は静寂に包まれる。
「……お前の命と引き換えに、こんなの用意しなくていいんだよ」
一億円の保険金と事故死した妻の遺影は何も言わず、佇むだけだった。
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