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一億円を、手に入れた。
「……どうしようか」
リビングのテーブルに積まれた札束を前にして、腕を組んだ俺の呟きはしんと静まり返った部屋にやたらと大きく響いた。
「そうねえ、まずは家のローンを返したいわ」
実に現実的な意見だ。
結婚当初、二人で独身時代から貯めてきた費用を頭金にして思い切って家を買ったのだ。頑張って貯めてはいたが、都内の一等地に家を買うのは思った以上に大変だった。結婚したら妻には仕事の量をセーブしてもらうつもりだったが、ローンの事を考えた妻は働けるうちは一生懸命に働くのだと言い切って、仕事は独身時代とそう変わらない量をこなしていた。家事の苦手な俺のフォローをしながらだから、妻にはかなりの負担をかけていたとは思う。
だから、ローンを返せば、少しでも妻に少し楽をさせてやれると思った。
一億円から住宅ローンの残債を引いた残りは八千万。
「まずは、家のローンか。まあ、確かにまだ沢山残ってるからな。……それで、じゃあ、次は?」
「そうねえ、次は他にお金がかかるものと言えば、老後の費用かしら。私達に子どもがいたら、私達の老後よりも教育費が優先だったと思うけどね」
「ああ。……俺達にはできなかったもんな」
頑張ったけれど、俺達夫婦が子どもを授かる事はなかった。どう頑張ってもなかなか出来ず、二人の愛の結晶が欲しかった俺達は授けてくれない神に抗う術を求めて病院の門をくぐった。
けれど、不妊治療はお金がかかるし、女性側にかかる体の負担もかなりのものなのだ。
金銭的な理由と体力的な理由。当時、この目の前にある一億円があったとしたら、妻はもう少し頑張っていたかもしれない。
そう考えたら、このお金が手に入るのが今で良かった。
俺は、妻には無理をさせたくなかった。子どもがいなくても、二人で笑って暮らせればそれでいいと思ったのだ。
「老後の費用として八千万は、充分過ぎるだろ」
「そうでもないよ。やっぱりおじいちゃんおばあちゃんになったら医療費、きっと沢山かかるよ。あなたには長生きしてもらいたいし。それに、少しでもいい老人ホームに入ろうとか思ったら一人数千万かかるんだって」
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