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テーブルが整いだした頃、それはいくらなんでも大げさでは、というくらい足を固められた七尾が、大西に連れられて帰ってきた。
「ヒビ、入ってるって!」
なぜか嬉しそうに大西が皆に言うと、おおー、と全員集まって来て、ギプスの上に落書きを始めた。七尾はここでも中心的存在であるようだった。
そんな「仲間っぽい」風景を目にするのは、森谷にとって慣れっこだった。七尾はどの集団においても、ほぼ、人に好かれる。人から関心を持たれずにいることの方が難しい。
庭のテーブルに全員が着席すると、七尾は一番端に着席した。するとその隣にわざわざ大西が移動して陣取ったので、おのずと末席だったはずの場所が食卓の中心になる。
いつだって、本人が望む望まないにかかわらず、七尾は場の中心になる。
しばらく大西が、七尾のケガの話を大げさにして盛り上がる。大西は終始上機嫌で、ハイテンションに喋りつづける。
七尾は笑顔を絶やさない。ところどころ、大西の話の軌道修正をして、暴走を食い止めたりまぜっかえしたりしている。それが絶妙で、周囲の笑いを誘う。頭の回転が速く、その一挙手一投足に華がある。そしてこの美貌。おまけに「新進気鋭の映像作家」(って雑誌に書かれてた)だ。
何も知らない者が見たら、全てを持っていて、何の愁いもない、陽の当たる場所しか歩んだことのない人間に見えるに違いない。
それなのに、その瞳の奥の、揺らいでいるような深い森。
そこに男も女も惹きつけられる。森谷には、この場にいる全員が、七尾の関心を引きたくて躍起になっているように見えて仕方がない。
観察していると、最も要注意だと思った大西とは関係を持っていないことが、二人の微妙な声のトーンや表情からわかる。
そんなことをつい、反射的にジャッジしてしまうが、十数年の間に培われた習慣だから、どうしようもない。
と同時に、この場にいる自分だけだ、と思うと、ほの暗い優越感が湧いてくる。
実際に七尾の体温に触れたことがあるのは、自分だけ。
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