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「あの、僕、七尾さんの『ギミック製作』でバイトしていて、先生のところにいるって聞いてそれで……」
「何だ君、七尾の知り合いか! 僕とすれ違いで何日か前にうちにいる。七尾と連絡とれなくて困っただろ。携帯水没してるらしいから!」
着拒否されたわけではないと知って、少し安堵する。
「うち泊まりなよ。部屋いっぱいあるから」
「いいんですか」
「遠慮しないで。今うち、ドミトリー状態」
あはは、と笑った。
大西は昔、アーティストとして活動しながら美大予備校の講師をしていた。七尾はその時の生徒だった。
「ふふ」
大西は、海風に白髪頭を煽られながら言った。
「なんか、あの子が、あんな映像作るとはねえ。小器用に、なんとか風でなんちゃらっぽくアレンジ、みたいなの作ってた子が……」
島に着くと、迎えに四駆が来ていて、よく日に焼けたアラサーくらいの年齢の女の人が待っていた。ヤンミさんという韓国人の女性で、大西のパートナーだった。
「ただいま。七尾、どうしてる?」
「シヴァの散歩いってるよ」
「干潟の方かな? 迎えに行こうか」
大西は、すぐにでも七尾の顔を見たいという気持ちを隠そうともせずに、言う。
十分も走らず、低木につっこむように車を停め、草木でトンネル状になっている狭い道をずんずん進んだ。
海に出る。空がひらける。砂浜は狭く、砂利が続いたその先は、一面ごつごつとした広い岩場となっていた。
遠くで波の中、人が脚を投げ出すようにして座っているのが見えた。
逆光で、眩しい。輪郭しか見えない。
あ、と思って喉がつまる。
まるで海面に浮かんでいるみたいに見えた。その周囲を一匹の柴犬が、リードを引きずって行ったり来たりしている。
大西が、森谷より先に、「七尾!」とよく通る声で叫んだ。
ポンポンと岩場を渡る。潮が満ちてきており、足首まで海水に浸かりながらザバザバと進む。七尾がいるあたりは、もっと水位があり、座っている七尾は半身浴状態だった。
「七尾、お前、相変わらずだな、その美女ヅラ」
そう大西が嬉しそうに言うと、七尾は、「せんせーこそ、なんすか、その頭、ウォーホル気取りすか」と言って笑った。
柴犬が海水をバシャバシャさせながら大西に飛びつく。そして次にヤンミさんに向かって一目散に走り出す。
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