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ヤンミさんと港に行き、大人三人も乗ればいっぱいになるような、小さなボートに乗りこむ。ボートに取り付けたエンジンのようなものの操り方を教わって、外海に出ると、ヤンミさんはTシャツとハーフパンツのままで、素潜りを始めた。時々、よくわからない貝を採ってくる。
ヤンミさんは必要最低限のことしかしゃべらない。森谷は徐々に、何でここに自分がいるのか、そもそも何をしにこんなところまで来たのかが、夏のでっかい空の下、だんだんわからなくなってくる。
家に戻ると、誰にも構われず、退屈しきったシヴァにまとわりつかれた。することがないので、庭の水道で潮を落としてやった。
シヴァを洗い終わると、もう六時を過ぎていて、ガレージを覗くと、みな真剣な表情で、各々数台あるPCに向かっていたり、足場に登り壁いっぱいの四メートルはあるでかいキャンバスに、下絵を描いたりしていた。
七尾は大西と一台のPCに向かって何かしゃべっている。
夜が来て、簡単な夕食が終わると、学生たちは酒盛りを始めた。
ジャンベやディジリドゥでのセッションが始まって、騒がしい。一方七尾と大西と数人のスタッフは、食事の後もガレージに籠っていた。
森谷は、泊めてもらうことになったキッチンの隣の広い雑魚寝用の和室に、一旦戻って横になった。
足のケガは大丈夫だろうか、七尾とどうすれば二人になれるのか、そしてなったらなったで何を言おうかなど、とりとめもなく考える。
ここまで来たのだ。しかし、すでに、「話すべきことなど何もないよな?」という七尾のオーラに負けそうだった。
そうこうしているうちに、昨夜のバスでほとんど寝ていないのと、移動の疲れがたたって、抗いがたい眠りに襲われる。
ルルルと壁の向こうで、家電話の着信音がする。五コールほど鳴った後、誰かが出た。
ヤンミさんの声。廊下をパタパタ歩く足音の後、今度はゆっくり足を引き摺って歩く音。
七尾だ。
電話に出る。低く優しい声で、誰かと話している。だからと言って、その会話の内容が楽しいものではないことに森谷は気づく。差し迫った時ほど、七尾はゆっくりしゃべる癖がある。長い付き合いで、それくらいのことはわかる。
以前見た、家の前の路上で、開堂と電話をしている姿がなぜか思い浮かんだ。夢見るような瞳で、楽しげに話す油断しまくった顔。
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