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ヤンミさんが一緒だった。七尾の横に座って足をぶらぶらさせている。シヴァが二人の周辺をうろうろしていて、時々飛び跳ねるように戻ると、ヤンミさんや七尾にじゃれついていた。
定期船が汽笛を鳴らしながら湾に入って来る。船はどんどん近づいて、乗客たちが船を下りるため、デッキに出て、並んでいるのがわかる。
森谷は、その中に開堂修司の姿を見つけた。サングラスをしているにもかかわらず、七尾の目が開堂をまっすぐに見ていることがわかった。船の上の開堂も、七尾に気づいているのが、遠くて表情などわかるはずがないのに、わかった。
なぜ七尾の恋愛関係に関してのみ、こうもするどくいろいろわかってしまうのか、森谷は自分を呪いたくなる。
船はあと数分で到着するはず。開堂が七尾のところまでやってくるのに、もう、十分もかからない。
森谷は、またがっていた自転車を乗り捨てて走り出す。
堤防に駆け上ると、細い七尾の身体をえいやっ、と肩にかつぎあげた。昨日洗ってやったのを覚えているのか、シヴァが尻尾を振って森谷のまわりで跳ねる。
「え!? キャーッ!!」
普段滅多なことでは動じなさそうなヤンミさんが、突然の出来事に悲鳴を上げた。
森谷は七尾を奪って逃走した。遊んでいると勘違いしたシヴァが、その横を並走する。
船の方を振り返る余裕など、なかった。
もし振り返ったなら、森谷に七尾を目と鼻の先で拉致られて、船上でなすすべもなく愕然としている開堂の顔を見ることができたに違いない。
しかし、だからといって「ざまあみろ」的な気持ちにはなれなかった。拉致されている七尾本人が激しく笑っているので、気を抜いたら落としそうで、それはもう、必死だったのだ。
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