1、私鉄沿線のリビング・デッド

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 梅雨に入ったと天気予報は言うけれど、ここ数日、雨は全然降ってない。湿気がぜんぜんやって来ない。カラっとした暑さの中、街路樹の緑がキラキラしている。空がスコーンと青く、太陽が眩しい。  そんな素晴らしい天気にもかかわらず、ブルーでグレーな気持ちの森谷洋祐は、大通りを避け、普段行かないコンビニで弁当を買った。  なにせ、今一番顔を合わせたくない人は、線路を挟んだ南側に住んでいる。用心しないと森谷の生活圏である北側に来ないとも限らない。  特に「サロン・ド・ミズタ」の三代目のところか、「ループ」の息子のところは要注意だった。 「ミズタ」は昔からある駅前通りの散髪屋だが、三代目が店を継ぎ若返った。  カットされている最中はほぼ寝ているので、目が覚めるまで自分の頭がどうなるかわからず、スリリングだとあの人は言う。  一方「ループ」はというと、こちらも古くからある街の洋品店で、ミズタ同様、息子が継いで延命が決定し、近所の若い連中のたまり場になっている。  森谷もたまに行くが、結構あなどれないセレクションで、あの人の服はだいたいここか、後はアウトドアショップで機能重視のものを少々。選ぶポイントは、どこでも仮眠がとれること。  ちょっと普段と違う服を着ている時は要注意だ。誰かのを勝手に拝借している可能性が高い。早朝、そんな恰好で歩いていたら、それは確実に朝帰り。森谷はそれを何度目撃したことだろう。思い出すと、途端に不快な気分になる。  そうやって二つの店を避けて歩きながらも、今頃何をしているのだろうか、ちゃんと食っているだろうか、と考えてしまう。忙しいと飯を忘れるのは悪い癖だった。  普段通らない路地に、知らない古本屋を発見した。ちょっとオシャレな感じの店だった。ああ、あの人が好きそうだ、と反射的に思う。古本屋とか古着屋とか中古レコード屋とか好きなのだ。  店の中を覗いてみたいと思うが、木のドアは閉まっており、中がわからない。ドアの前で、躊躇する。
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