1、私鉄沿線のリビング・デッド

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 ……なんてことだ。 「うれいをおびている」  久しぶりに、その言葉が脳に直撃し、喉が詰まる。  自分より十も年上で、しかも男、それなのに、そんなゆらいだ目で見られると、守りたい、守らなければという衝動にかられる。 「ラッキー」  そんな森谷の想いをよそに、美貌の主である柿塚七尾は、ニッと笑った。同時に先ほどの儚いような瞳の陰りは跡形もなく消え去り、それは、森谷の目の錯覚だったかと疑いたくなる。  森谷は、花をぶつけられた衝撃でずれてしまった黒いフレームの眼鏡を直した。 「お前、いいとこ通りかかったな。すみませーん、それも持っていきまーす」  森谷は七尾が声をかけた先を見て、やっているのかいないのかわからない、間口の狭い花屋があることに気づく。 「ほんとごめんなさいねえ。配達できなくて。台車使う? 重いでしょう」 「いやいや、若いの捕まえたんで」 「芍薬、もう開ききっているから、あまり長持ちしないと思うけど」 「今日だけ使えればいいんで。安くしていただきましたし」  七尾はエプロン姿の年配の女性から、もう一抱えの芍薬の花束を受け取った。  そして何も言わないでスタスタと先をゆく。チャリチャリと、ポケットに直接入れてあるだろう小銭と鍵が、音をたてている。  髪が最後に見た時よりも茶色くて、若干くせがついているのは、きっとミズタで長時間爆睡したためだ。カット以上のひと手間がかかっている時は、たいがいそうだから。  無意識に七尾の服装をチェックする。クタッとした麻のシャツに、ゆるい感じのパンツを裾を折ってくるぶし丈ではいており、足元は見覚えのある黒のビーサンだった。  そこらの人間が同じ格好をしていたら、パジャマですか? とつっこみをいれたくなるような服装だ。
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