スーツケース

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スーツケース

玄関に入り、ナタリーの足を拭いてから、リビングのソファーに座った。 スーツケースをガラス製のローテーブルの上に乗せた。 この家は、親から受け継いだものだ。 3LDKというごく一般的な造りだ。 両親は亡くなり、私ひとりになった。 土地は狭いが一戸建てなので、若い私には贅沢なもののように思った。 (あけてみるか) ナタリーが私の両腕の間から、頭をテーブルに乗せている。 いつものポーズだ。 「なにが入っているのかな?」 誰かに言ったものではない。 ひとりごと、みたいなものだ。 鍵はかかっていないようだ。 ストッパーを外して、ゆっくりと開けた。 いきなりこういうものを見せられると、人はどういう反応を見せるのか気になっていたが、私の場合は硬直した。 どうやら、一万円札のようだ。 しかも、びっしりと! お金の大きさにあわせて作ったように思えるほど、ピッタリと収まっている。 (はあ?) 私が最初に思ったひとことだった。 動こうと思ったのだが、金縛りにあったように、動けなかった。 ナタリーが、私の呪縛を解くように、左手をなめた。 (これって、偽札?!) 私が考えた最初の答えだった。 とりあえず手に取ってみた。 偽物には見えなかった。 私の財布から一万円札を出し、比べてみた。 違和感はない。 たぶん本物だろう。 嫌な方法で手に入れたわけじゃないのだが、100円が一億円になるとは、予想もしなかった。 そう、一億円入っていたのだ。 どうしたものか、私は考えた。 今は、これといって欲しいものはない。 なにか、お金が必要になった時にでも使わせてもらえばいいか。 今気付いたのだが、フタのポケットの中に、紙が入っていた。 半折りになっていたので、開いてみた。 女文字のようだ。 「びっくりしますよね。驚かせて申し訳ありません。私はある方の依頼で、あなたにこのお金をお届けしたものです。あなたに買ってもらったジュース、おいしかったです。ありがとう。気味が悪いかもしれませんが、不審に思わないでください。依頼人も悲しく思ってしまうかもしれません。信じられないと思われるのも当然でしょうけど、信じてください。お願いします。このお金はあなたのものです。お好きにお使いくださってかまいません。でも、できれば依頼人が欲するものを買っていただければ、幸いです」
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