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「ねえ、話なんだったの」
「んー、練習を見に来たって言ってた」
チームメイトの追及をさらりとかわした真央は、途中になっていた体操を再開した。
「T大の人でしょ。T大って言ったらボートで有名な大学じゃん。────真央の事スカウトしにきたんじゃないの」
背中を押してくれながら沙織の口から驚きの単語が飛び出した。
「ないない・・・無理だってば」
「えーどうしてよぉ・・・真央さもったいないよ、高校でボート終わらせるの。むしろ大学の方が盛んなんだから」
それは真央も承知していた。
中学時代は陸上をしていて違うスポーツがしたいと思って選んだボートだったが、地元では馴染みのある競技も全国的には知名度が低く、高校生の競技人口が少ないのは寂しい事実だった。
「大学、行こうよ一緒に」
真央に進学の意思が無い事を日常会話の中で知っている友人が無邪気に言う。
「だから前も言ったでしょ。うちはお兄ちゃんがまだ大学生で、来年は妹が高校に上がるから私まで進学は無理なんだって」
「だから、何でそこで真央だけ我慢しなくちゃいけないのかわからない」
「いいの。進学しないから商業高校を選んだんだし」
しゃべりながらでもすっかり体がほぐれた真央は、自分のボートを出すために立ち上がって艇庫に向かった。
「ふぅん、1000mでこのタイム・・・」
岸で計測していたコーチの元に真央が戻ると、丸二がまず口を開いた。
「いいんじゃないの? ねえコーチ」
「そうね、このままいけばひょっとするといいとこまでいけるかもね」
「はあ・・・」
二人の盛り上がりにいまいちついていけない真央は気のない返事をした。
「あとはこの子の気持ち次第なのよ。どうしたって勝つんだっていう思いがもう少し欲しいのよね」
ちらりと向けるコーチの視線に真央は苦笑した。
「いつまでも辞めた子の事考えていないの。続けていくなら今自分が与えられたポジションで頑張んなさい」
「はい・・」
去年は二人で頑張ってきたボートがいきなり一人きりになって、意欲が落ちているとは常々コーチから指摘されていた。
部外者の前で再度念を押され、真央は恥ずかしくて下を向いた。
「去年はダブルだったって聞いたよ」
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