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「そー。3ヶ月待っても落とし主が現れない場合、この1億円、君のものになるのー。所有権が君に移るのー。凄いよね、1億円っっ! 1億円だよーっっ!!」
村尾さんの強調で、また警察署全体がこっちを向いた、気がした。
このおじさんには悪意を感じる。
皆が。
皆が僕を試している。
そして、皆が僕の顔を焼き付けている。
あいつが1億円を拾ったラッキーな奴だと、噂はあっという間に広がるだろう。
一族郎党が一気に膨れ上がるに違いない。
1億円。
1億円の所有権。
僕はどうすれば。
「もうこれが手続きの最後の項目なんですよー。所有権、どうしますー?」
世界中が固唾を飲んで見守っている。
カウンターの向こうのプロ達も、免許の更新に訪れた老若男女も。
『どうするつもりなのかしら、人が落とした1億円を自分のものにするつもりなのかしら』
皆がそう思っている。
例え手に入れたとしても、どこかに寄付しろよ、とまで聞こえる。
浅ましい人間じゃないと胸を張りつつ、いざ1億円の所有権を問われると揺れる心。
3ヶ月以内に落とし主のヤクザが現れて、僕の所有権など無くなる可能性の方が圧倒的に高いというのに。
この書類の、所有権を得る方に丸をして、さっさと去ってしまえば済む話。
なのに僕には勇気がないし、度胸がないし、とにかくもう、皆の声が恐ろしい。
この権利を得る権利が僕にはあるというのに。
好奇と妬みと蔑みに渦巻く、皆の視線が恐ろしい。
考える、考えろ。
この1億円が綺麗なお金ではなかったらどうする。
相応の銃器やお薬が姿を変えたものかも知れない。
その銃器や薬で犯罪が犯されれば、僕はその共犯者になりはしないか。
常識で考えて正当なお金じゃないだろと、皆が思っているに違いない。
『共犯者っ!共犯者っ!』
背後で誰かが声を上げると、やがて皆が揃って叫び始める。
のも、時間の問題だ。
「ほ」
「ほ?」
村尾さんと居村さんが、僕に向かって右の耳を傾けた。
「ほう」
「ほう?」
警察署内に存在する全てのものが、僕に向かって耳を傾けた。
「放棄します」
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