考える人

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  腹を立てても仕方ないので、言われた通りに左へ進むと。 カウンターとは別に小さな窓口があり、僕の父親より少し若いくらいの男性が手招きしていた。 この場所だけはオープンになっておらず、広いロビーの一角に小部屋があって、小さな窓から顔を付き合わせる。 宝くじ売り場や、駅の対人切符売り場のような感じだ。 「あの、この鞄を拾ったのですが……」 「はいー、じゃあその丸椅子に座ってねー。どの鞄ー?」 促された丸い椅子に座って、僕は鞄を差し出した。 「はいー、なら、今からあなたの前で中身を確認しますねー。見てて下さいねー」 見てろと言われても。 なんだこの展開は。 落とし物を拾って届けたのは初めてだから、こんな手続きをするなど知らなかった。 「うわっ! これー、ちょっと、凄いかもー」 ファスナーを乱雑に流した警官が、ギャルみたいな反応で周囲を驚かせた。 僕は慌てて身体を乗り出す。 そして僕も、驚愕した。 鞄の中身は、お金だった。 それも、大量の。 数万、数千万、いや、それ以上かもしれない。 とにかく、テレビドラマでしか見たことのない札の束が、わっさわっさと詰まっていた。 そりゃ、重たいはずだ。 「ちょっと居村さーん! 手伝ってこれー! 凄いよー!」 小部屋の中からカウンターに向かって声を張り上げると、一人の女性が立ち上がって、裏から小部屋にやって来た。 居村さんは、鞄の中を見て「ひえっ!」と悲鳴を上げた。 人が「ひえ」と明確に発音したのを、僕は初めて見た、否、聞いた。 僕の目の前で札束の計算が始まった。 恐らく一束百万円。 それが、次から次へと山積みされていく。 恐ろしい。 僕は一体何を、何の陰謀を、何の事件を拾ってしまったのだろうか。 カウンターからの視線が背中と横顔に突き刺さる。 今この警察署で突如発生した事柄。 原因となった僕を見る、警察の人々の目が怖い。 後ろを振り返ると、さっき老眼で苦労していた老人までが、僕を見ていた。 僕は何もしていない。 ただ鞄を拾っただけだ。
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