51人が本棚に入れています
本棚に追加
やがて数分が過ぎた頃、居村さんが叫んだ。
「お、おお、おく、1億ありますよ村尾さんっ!!」
一斉に、フロア全体の視線が村尾さんに向かった。
『全員』じゃない。
正に、全体がガチリとこっちを向いた。
やがて視線は村尾さんから、あの黒い鞄から出てきた札束へ。
そうして最後に、僕へと移った。
なぜ僕を見るんだ。
僕に何を見出だそうとしているんだ。
考える。
僕が1億円という大金を拾った事実を、ニヤニヤと喜んでいるかどうか確認したいのか。
ラッキーだと舞い上がっているかを確認したいのか。
ほくそ笑みながら密かにガッツポーズしているかを確認したいのか。
僕はそんな浅ましい人間じゃない。
喜びよりも恐ろしさの方が格段に上だ。
普通に路上に置いてあったことに乾杯だ。
いや間違えた、心配だ。
「えーと、ね。君が拾ったこの鞄の中身、1億円だった」
「今朝の朝食は食パンでした」みたいな口調で村尾さんが改めて報告した。
どことなく村尾さんの視線が、値踏みするような上目使いに変わった気がする。
隣で居村さんも同じような目をして立っている。
「とりあえず、簡単な書類作成するから、座って?」
僕はいつの間にか立ち上がっていたようだ。
だから視線を浴びたのだろうか。
ネズミ色の小さな丸椅子を右手で引いて、そっと腰を下ろす。
カタカタ椅子が鳴ったのは、右手が震えていたからに違いない。
最初のコメントを投稿しよう!