考える人

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  やがて数分が過ぎた頃、居村さんが叫んだ。 「お、おお、おく、1億ありますよ村尾さんっ!!」 一斉に、フロア全体の視線が村尾さんに向かった。 『全員』じゃない。 正に、全体がガチリとこっちを向いた。 やがて視線は村尾さんから、あの黒い鞄から出てきた札束へ。 そうして最後に、僕へと移った。 なぜ僕を見るんだ。 僕に何を見出だそうとしているんだ。 考える。 僕が1億円という大金を拾った事実を、ニヤニヤと喜んでいるかどうか確認したいのか。 ラッキーだと舞い上がっているかを確認したいのか。 ほくそ笑みながら密かにガッツポーズしているかを確認したいのか。 僕はそんな浅ましい人間じゃない。 喜びよりも恐ろしさの方が格段に上だ。 普通に路上に置いてあったことに乾杯だ。 いや間違えた、心配だ。 「えーと、ね。君が拾ったこの鞄の中身、1億円だった」 「今朝の朝食は食パンでした」みたいな口調で村尾さんが改めて報告した。 どことなく村尾さんの視線が、値踏みするような上目使いに変わった気がする。 隣で居村さんも同じような目をして立っている。 「とりあえず、簡単な書類作成するから、座って?」 僕はいつの間にか立ち上がっていたようだ。 だから視線を浴びたのだろうか。 ネズミ色の小さな丸椅子を右手で引いて、そっと腰を下ろす。 カタカタ椅子が鳴ったのは、右手が震えていたからに違いない。
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