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放棄、って、その通りの意味か。
目を点にする僕を覗き込むように、小窓の向こうで居村さんと村尾さんが顔を並べている。
2人の表情は何だかプロの刑事のようで、恐ろしくて堪らない。
刑事にプロもへったくれもないが。
それにここは警察署なのだから、プロの巣窟だ。
「報労金の権利を主張する場合はねー、落とし主に君の個人情報を教えちゃうから。まー、要するに、落とし主と君との問題になってくるわけで。連絡を取り合って、いくら払ってもらうか話し合って、そっちで解決してねってことー」
「え?! 警察は?!」
「関係なーい。あくまで落とし主に拾得者の連絡先を教えてあげて、『ちゃんとお礼しなさいよー』って言ったげるだけ」
え? そうなのか。
え? 個人情報? つまり、住所や電話番号を教えるということ。
考える考える。
もし落とし主がヤクザとか、何か危険なご職業の方だったらどうしよう。
『報労金だ?! んなもん、俺様の小指でもくれてやる!』などと、血生臭いものを投げつけられたらどうしよう。
いや、仮にとても良い心の持ち主のヤクザだったとして、気前よく報労金をくれたとしても。
1億円という大金を拾って届けた恩人である僕を、兄貴と慕って付きまとわれたら大変だ。
「けけっ、権利を放棄したら、どうなるんですか?」
「何のー?」
「だから、報労金の。その場合は、僕の情報は警察どまりですよね?」
「もちろん。落とし主が現れたら、拾得者は『礼はいらないよ』と去っていきましたと、美談を語りますねー」
美談なんてものではない。
ヤクザなんかに連絡先を握られてたまるものか。
「報労金を受け取る権利は、ほっ」
「ほ?」
「放棄します」
「はいー、報労金の権利は放棄、っと」
まるで弾むような口調で、村尾さんは書類に丸を描いた。
それからすぐまた、僕を上目使いで見上げた。
「落とし主が現れた場合さ、うちから君への『無事見つかったよー』の連絡は、いるー?」
「……け、結構です」
わざわざヤクザの存在の報告など、ご遠慮願いたい。
「で? もう1つの権利は?」
「もう、1つの、権利……」
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