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その瞬間、マスターの目が異様な光を帯びたような来がした。
気のせいか。せっかくだから、お菓子をご馳走になることにした。一口くちにして、不味いと思った。
コーヒーは美味しいのに、このお菓子は不味い。今まで食べたお菓子の中で一番不味い。
甘みがあるのに、食べると口の中に不快なものが広がった。
不快なものが、何かはわからなかった。残すのも申し訳ないので、我慢して全て平らげた。
「ごちそうさまでした。」
そう言うと会計をしてもらい、さっさと店を出ようとした。
店を出る私を、洗い物の手を止めたマスターと、顔の半分を黒髪で隠したウエイトレス、数人いた、ボックス席のお客全員が、じっと見つめてきた。
なによ、気持ち悪い。口の中に先ほど食べたお菓子の嫌なげっぷが戻ってきた。
ようやく、国道に出てこられたときには、正直ほっとした。
なんだったんだろう。私は、今日の不思議な体験を振り返った。
そろそろ夕飯の支度をしなくては。数時間後、主人が帰宅した。
食卓に料理を並べながら、私は、今日の不思議な体験を主人に話した。
また天然の嫁が寝ぼけたことを言うと一笑に付されるのかと思った。
「へえ、そうなんだ。」
主人の反応は意外だった。というより、無反応というほうが正しい。
「なんか、狐につままれたみたいって、こういうことを言うのかしらね?」
そう私が言っても、主人は黙々と箸をすすめている。
私はある違和感を感じた。
お皿に一つだけ乗せたトマトに主人がかぶりついていた。
主人はトマトが大嫌いなのだ。だが、栄養のバランスを考えて、一応お皿に乗せておくのだが、たいていは残している。仕方なく、私が残り物を食べるというのが常なのだが、その夜は違った。
「トマト、食べれるようになったんだ?」
そう言うと、主人はキョトンとした。
「前々から食べれるけど?」
そう言うと、トマトをぐちゃぐちゃと咀嚼した。
おかしい。主人は、こんなに口をあけてぐちゃぐちゃと咀嚼する人ではない。
いつもこちらが食べ方の汚さを指摘されるくらいなのだ。
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