解 説

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解 説

 第一章に当る木偶(でく)は本来、木の人形を表す言葉だが、ここでは操り人形や役に立たない人、という意味で章題にしている。  主人公の名は神田保孝。(芥川龍之介氏の『蜘蛛の糸』より、蜘蛛の糸を掴んで登るカンダタから)  母の遺灰を持った主人公は冒頭で『母を連れて』としているが、彼にはまだ母が死んだという実感がない。  いつもの女将、そして部屋までの案内がないことなどから、昔に母(或いは家族)とよく泊まっていた宿であることが窺える。  風呂場のザーッという音に重なる自分の鼓動は、母の腹の中にいた時に聞いていた音。一旦風呂から上がって鏡に映った赤く色づく身体は赤子として生まれてきた自分を意味する。  露天風呂にできた雨の滝に打たれる主人公。その姿は少年時代の悪戯好きな自分。そんな姿を大人の自分が戒め、修行僧のような心持ちになる。  屋根に下がる蜘蛛に放った独り言は、(小説『蜘蛛の糸』の中より)蜘蛛を釈迦の使いと見ての冗談。  次の『俺よりも、もっと救うべき奴のところに行け』という言葉で、彼が生きることに執着がないことを表している。  幼少期にすっかり戻っていた主人公。だが、部屋の母の遺灰を前に現実に戻される。酔いが醒めたのは風呂に入ったからではなく、母のいない静かな部屋を再認識したため。そんな現実から逃げるように酒を飲む神田。
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