木 偶

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「あ……」  箱をポケットに戻して一人苦笑いをした。  意識していたものが無意識に変わり、長年の癖となって自己を作り上げていく。  笑顔を作っているうちに、笑いたくなどなくても平気で笑えるようになる。  怒られないようにと嘘をつく度に嘘がうまくなる。  母に愛されるために演じてきた人格は消えずに残り、それがいつの間にか癖になり、他人の機嫌に敏感に反応する身体へと進化していった。 それと同時に命令がなければ動けない木偶に退化した。  上辺だけの喜びや嬉しさを表現することが当たり前になって、心内はいつも泣いているのだ。  それらを意識しようものならきっと私は人間でなくなる。  それこそ木偶にもならない、ただの肉の塊と化する。 「ふう……」  枯れ葉色のチノパンのポケットから小瓶を出してそれを見つめた。  何を言うわけでもない小瓶にも滝の繁吹きはかかり、水滴を作って、それは泣いているかのように下に落ちて行った。  それに私はほくそ笑む。
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