木 偶

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 気づいた時は五本の空き缶が机の上に並んでいた。  くわえていたタバコを灰皿に押し消し、這うように畳を移動して障子を開ける。  そこは洗面と小さいガラステーブルと冷蔵庫のある一畳半のちょっとした空間。  ゆっくりと立ち上がり、暗くなりかけていた窓のカーテンを閉め、冷蔵庫のコンセントを差し込んだ。  それから畳に転がっていたビニール袋の荷物を冷蔵庫に入れる。  そのほとんどが酒だ。すべての缶を押し込み、つまみが入った袋が置いてある部屋へと戻る。 「母さん、俺は風呂に行って来るよ」  そう言ってリュックサックからタオルとパンツを取り出し、棚にあった浴衣を手にして露天に向かった。  男湯ののれんをくぐって中に入る。 十八時前ということもあって私しかいなかった。  内風呂と露天に分かれていて、先に内風呂で全身を洗う。熱い湯をかけて濡れて冷えた身体を温める。  昔は湯治目的で使われていた源泉かけ流しの湯は温度が四十五度以上と高く、それを頑なに守っているこの宿が私は気に入っていた。
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