木 偶

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 上り坂を数分歩いて行くと、赤い手摺りの階段が見えてきた。  そこを上って左にある門を通り、緑に囲まれた場所を真っ直ぐ進む。  左には小川が流れ、さらに奥には勇ましく音を立てる滝がある。  昨日の雨で勢いが増し、堂々と繁吹きを上げて石畳の階段にまで流れ出る。  ドドドドッ  青々とした木々から漏れる陽が霧状になった繁吹きを通って、柔らかな光のベールと七色に輝く虹を作る。  自然が築き上げた神秘的な空間を、背を丸めた四十過ぎの男が密かに通過する。  水が流れる階段に気を取られながら上まで行くと、辺りはひんやりと自然の冷房が効いていた。  滝の繁吹きは顔に腕にかかり、じんわりと掻いた汗と混じる。  そこで数回深呼吸をすると、マイナスイオンとやらで身体が浄化していくような気がした。  タバコで汚れた肺は戻らなくとも機能は少し回復するのかもしれない。  都会の排気ガスなどで汚染された空気より、山の方がいくらかは綺麗だろうと、もう一度大きく息を吸う。  だが、習慣というものはそうそう変えられるものではなく、滝に目を向けながら右手はワイシャツの胸ポケットにあるタバコの箱を取り出していた。
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