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「………石嶺のじいさん………来てやったぞ」
肩から重いバッグを外し、そう呟きながら差し出したのはじいさんが好きだった"森伊蔵"の5合瓶と競輪新聞。
冷たく固い石の上にそっとそれを乗せ、俺は石嶺のじいさんの前に座った。
「一升瓶、高過ぎて買えなかった………5合瓶で悪いな。
なにせ、じいさん一押しの選手が捲り不発でよ。三連単がパーよ」
三連複にしとけば買えたのになと自嘲すれば、じいさんはいつもみたいに細い目を更に細くして俺に微笑むんだ。
───きっと。
「ったく、小さくなってそんな狭いとこ入りやがって」
目を向けるのは金の文字で"石嶺家之墓"と掘られた黒い大理石。
納骨が済んだばかりの墓に添えられた花は少ししおれていた。
「石嶺のじいさん………」
俺はまたその場に座り込んだ。今度はきちんと正座した。
下に敷き詰められた小石がグリグリと脛に当たって地味に痛いが、そんなこと気にしていられない。
両ひざに手を置き、これでもかってくらい頭を下げた。
「じいさん………すまない」
石嶺のじいさんの墓の前で俺は懺悔する。
墓の中に死んだ奴はいないって、低いいい声で歌う歌手がいたけれど。
じいさんがこの世からいなくなってしまった今、じいさんの面影が残るのはここしかなくて。
だから俺はここで懺悔する。
「じいさんの墓参りする人………俺が奪って、ごめん」
ポツリと呟いたそれに、じいさんはいつもみたいに細い目を更に細めて笑うんだ、きっと。
それは感謝か諦めか───それとも責めか。
俺にだって、誰にだって、もう、分からない。
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