じいさんと俺

8/16

69人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「じゃあ、じいさんは?1億あったら何に使う?」 同じ質問をじいさんに返すと、じいさんは少し考えてからすっと目を細めて笑った。 「そうだなぁ。とりあえず森伊蔵の一升瓶を1本買うかな」 「って、ちっさ!じいさんの夢、ちっさ!」 確かに入手困難な焼酎ではあるが、他にもどーんと使い道があるだろうに。 せめてそこ、100本にするとかさ。 そう言えば「生きているうちにそんなに飲めるかっ」って逆に突っ込まれてしまった。 しかしじいさんは、手にしていた新聞を手元に置くと、どこか遠い目をして言った。 「金なんてな、あってもなーんもいいことないぞ。  1億欲しいと思って働く方が、よっぽど色づいた人生を送れるさ」 なんだか悟ったような台詞に、「じいさん、土地成金だったな」というのを思い出したが口にはしなかった。 少し淋しそうなその表情に、俺は思った。 じいさんの人生は………それだけモノクロなものだったのだろうか。 取り付け工事が終了し、警備機器の説明をした後、じいさんは嫌に真面目な顔をして頭をかいた。 「あの、時田君。内密で相談があるのだが………」 その相談内容を聞いて俺は目を丸くした。 「なぁじいさん、そんなに何か心配事あるのか?  もし何かあるんなら、直接俺に電話してくれても構わないから」 「心配かけるな」 そう目を細めてじいさんは笑った。 そしてそれから2カ月後 ───石嶺のじいさんは死んだ。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加