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「じゃあ、じいさんは?1億あったら何に使う?」
同じ質問をじいさんに返すと、じいさんは少し考えてからすっと目を細めて笑った。
「そうだなぁ。とりあえず森伊蔵の一升瓶を1本買うかな」
「って、ちっさ!じいさんの夢、ちっさ!」
確かに入手困難な焼酎ではあるが、他にもどーんと使い道があるだろうに。
せめてそこ、100本にするとかさ。
そう言えば「生きているうちにそんなに飲めるかっ」って逆に突っ込まれてしまった。
しかしじいさんは、手にしていた新聞を手元に置くと、どこか遠い目をして言った。
「金なんてな、あってもなーんもいいことないぞ。
1億欲しいと思って働く方が、よっぽど色づいた人生を送れるさ」
なんだか悟ったような台詞に、「じいさん、土地成金だったな」というのを思い出したが口にはしなかった。
少し淋しそうなその表情に、俺は思った。
じいさんの人生は………それだけモノクロなものだったのだろうか。
取り付け工事が終了し、警備機器の説明をした後、じいさんは嫌に真面目な顔をして頭をかいた。
「あの、時田君。内密で相談があるのだが………」
その相談内容を聞いて俺は目を丸くした。
「なぁじいさん、そんなに何か心配事あるのか?
もし何かあるんなら、直接俺に電話してくれても構わないから」
「心配かけるな」
そう目を細めてじいさんは笑った。
そしてそれから2カ月後
───石嶺のじいさんは死んだ。
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