楽しき農夫

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 ピザの配達の仕事を募集していたから始めた。免許だけは取っておいてよかったと思ったが、配達の収入だけでは愛を育てていくのは苦しい。母親にまた無心した。どこにいるかは伝えなかった。ファミレスの厨房の仕事を見つけ、昼は配達、夜はファミレスの生活を続けた。もう体はボロボロだった。  ピザ屋のバイトが声をかけてきた。 「子供迎えに行くのにきつい時あったら言ってよ、俺が代わりにシフトに入るからさ」  パッと見、さえない若者だった。大学卒業してから就職に失敗したと言っていた。 「でも馬鹿だから、しょうがないよ。今さら実家にも帰れないし」」  大学に行くような奴が馬鹿なら自分は何なの、と聞いた。 「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど、ごめん」  好意を持ってくれていることはすぐにわかった。付き合ってくれと言われたわけではなかったが、何となく、そんな関係になった。愛との二人暮しで淋しかったのかもしれない。  一緒に暮らそうかと言われても、はっきりとは返事ができなかった。何度も言われるうちに断り切れなくなった。 「結婚する?」 「結婚は……」  昔の話はしていた。 「あ、いいよ、別に無理にって話じゃないし。結婚したくなったらいつでも言ってよ」  一緒に暮らすようになってすぐに夫はピザ屋のバイトを辞め、運送会社のサービスドライバーとして働き始めた。 「短期間で稼ぐにはこれが一番だって、学生時代のバイト先の電気屋の親父が言ってたんだ」 「でも、稼いだ後はどうするの。家でも買うの?」 「いちおう大学、工学部だったし、夜とか少しずつ勉強でもして電気工事関係の資格とか取ろうかと思って。前のバイト先の電気屋の親父の受け売りだけど、その辺の資格できちんと仕事見つけて経験積んで、もっと上の資格取れると、なんかそこそこ食っていけるらしいんだ」 「ふーん」  ひょろひょろの夫が少しだけ頼もしく思えた。  サービスドライバーの仕事はきつかったが、確かに稼ぎは悪くなかった。夫が働き出して一年後には、喜美恵はピザの配達もファミレスの厨房も辞めて専業主婦になった。2LDKの賃貸マンションに引っ越した。窓を開けると広瀬川と青葉山が見えた。  愛のことを夫は本当に可愛がってくれた。でも、夫との子供も欲しかった。二人とも望んでいた。が、子どもはできなかった。
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