9/16
前へ
/58ページ
次へ
   部屋へ戻れば、宙はもう、エリックの膝に乗って絵本を開いていた。  たどたどしく読むのは本人だが、肩越しに本を見つめるエリックの方が熱心で、読み方を教わっているように見える。  まだひらがなしか書けない宙に、読み書きを教わるとは。  なかなか面白い。  廊下へ出た刃は、ふと立ち止まり、片手を握って開いてみる。  小さな光球が浮かび、顔を照らした。  呪文を唱えるでなく、意識するでなく、照明のスイッチを押す程度の感覚で出来る事。  そういえば、自分は一体いつ魔法を習ったのか。  ほんとうに、学校には行っていたのか。  師の存在は覚えている。が、どんな人物だったのか、はっきりとは思い出せない。  耳障りの良い穏やかな声の感覚や、声に合った雰囲気は、記憶の糸口として見つかるのだけれど。 「……居ねえ人のこと、考えてもなぁ」  すぐに、考えるのが面倒になった。  ひとりごちた彼女は、洗濯物の片づけに戻る。    
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加