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 最早隠れられない炎の森を後に、この場所が里の具現と知った彼は、少しだけ思考力を取り戻した。近隣にあるはずの、水源の泉に足を向ける。 「炎だけでもとにかく防ぐ。アイツを倒せば、この課題はクリアなのか?」  走る彼らに気付いて、後を追ってくる赤い獣を振り返りながら、余裕がない彼は険しい目で訊いた。 「次の課題が出るかもしれないけど、まずはそれだと思う」  彼女も同じくらい厳しい顔で、頷きながら足を走らせる。 「本当はわたしの記憶を具現するはずだったと思うから。それがレイアスのになったのは……わたし以上に、危うかったってことなのかもしれない」  「魔竜」の危険さをその身で味わってこい、と。元凶の女が最後に残した声を思い出して、彼は何故か改めて不服を感じた。引っ張る彼女の手を強く握りながら、率直に疑問を口にする。 「……アフィはそんなに、本当に危険なのか?」  目的の小さな泉、林の中でヒト一人が辛うじて(みそぎ)のできる、馴染みの場所に辿り着く。湧き出る純粋な「水」を背にして、彼は彼女と並び立った。 「俺はアイツがいた頃は、少し気を抜けば意識がなくなって、気が付けば修行場一帯が焼野原だったけどな」  見上げる空には、黒ずみ始めた一帯を赤く染める、呪いの獣が差し迫ってきている。 「危険かどうかは……よくわからないけど」  彼女はそこで、それまでの表情と声色――暗い青の目を、不意に緩めていた。 「……わたしはいつか、消えるって。それは、何度も見せられたから知ってるよ」  ただ穏やかに笑って、そんなことを、彼と共に赤い空に対峙しながら軽やかに呟いた。  それがいったい、どういうことであるのか。  そこですぐ問いかける余裕は、その赤い獣……幼い彼が何をしても制御の敵わなかった、呪われし兇獣を前にしてあるわけもなく。  泉の前で、彼は背の無骨な長剣を抜いた。 「――? ……レイアス!?」  驚く彼女の横で、唐突に彼は、元々裂傷を受けていた左上腕の内側をさらに抉った。 「っつ――ったく。早速、これをする羽目になるか……」  痛みに顔を歪めながら、剣全体にそこで、なみなみと血を纏わせる。  そのままその剣を、浅い泉に突き立てると……彼の血を受けた泉は、泉より大きい半径でやおら水を噴き上げ、彼らを赤い獣から隠すように覆い始めた。
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