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「……アフィはこの中にいろ。アイツは多分突っ込んでくるから、そこを返り討ちにする」 「――え?」 「ここの水は今だけは、『力』として俺達を守る。それ以外俺にできることは……アイツを直に斬るくらいだ」  泉から抜いた剣を改めて両手で持つと、噴水を背に、守るように彼は前に進み出ていく。  勝算など無かった。自然に厳しく歪む顔に、素直な不安を載せずにいられなかった。  ごく簡単に考えても、彼の身長程もない普通の長剣で、巨体の獣を彼はこれからまともに受け止めようとしている。  本来なら現在の「霊獣」を使いたいところだが、赤い獣が場に出ているためか使えない。今彼にある戦う力はこの長剣と、後は長く愛用する質素な短刀くらいだった。 「でも、レイアス……!!」  それならせめて、「力」を色で視る彼のある特技で、彼女だけでも――獣の炎を食い止め、逃れられる余地を作っておきたかった。  彼女が制止する間もなく、「水」に守られた領域を後に、彼は獣を迎え撃ちに出る。  この循環する僅かな「水」の場で、彼女にできることなどほとんどないだろう。しかし彼女は、唯一の武器らしき青い珠玉を誂えた杖を、そっと強く握り締めていたのだった。  そして一人、自らの不始末と言える古い呪いと、彼は対峙する。  彼を見つけ、炎を纏いながら迫る赤い獣に、そもそも――と、一人ごちる。 「万一アイツを倒せたって……その後、俺はどうなるんだ?」  今の霊獣が使えないこと。それはつまり、あの赤い獣は結局彼であるわけなのだ。  まさか里を出て早々、悪友共々命の危機を迎えるなどとは。外の世界が危険と認識上は知っていても、思いもよらない過酷な状況だった。 「……危険をちゃんと避けられるのも、アシュ―ならではなのかもな」  彼らと違い、一人で里を出入りしても、幼馴染みはいつも無事に帰る。ヒトを見る目も含めて、その特殊な目敏さを彼は改めて思う。  昔に、彼らと共に危険な目に合って以来、疎遠となっていた幼馴染みを―― ――ごめんなさい……! あたし、ごめんなさい――……!!  きっとこれは、走馬灯だろう。赤い獣が飛びかかる速さが、突然、極端に落ちた。  ゆっくりと彼は、剣を構える両手に「力」を込めながら、獣に纏わる青い夢を同時に思い起こしていた。 ――あたしのせいでレイアスの手……なくなっちゃったよぉ……!
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