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 旋風の如き黒い両刃に、ことごとく裁断された赤い獣。それが、舞い狂う泉に飲まれていった直後のことだった。  突然彼の全身を襲った、その呪われし鼓動……激しく赤い憎悪が、心臓から溢れ出した。  胸から義手の右手まで、全ての血が一瞬で噴き出したかのようだった。  言葉にもできない苦渋に、両手と膝をついた彼は、滅多にない大声を上げる。 「ああああああああ……!!」  自らたる赤い獣が斬られた反動なのか。それともその蒼い男が――男の纏う赤い光が、炎に巻かれる彼を貫いて包んだ影響なのか。 ――それじゃ……全て、終わりにしよう……。  宙に突き出した右手を染め上げる鮮烈な赤。それは紛れもなく、彼がかつて奪ってしまった命の色。  取り返しのつかない痛みを流し込むその光は、耐え難い罰の赤い夢を彼に与える。  ……救いだったのは、その責め苦は長くは続かなかったこと。泉が元に戻るにつれて赤い光も薄らぎ、蒼い男の内へ消えていき、併せて周囲の霧も徐々に晴れ出していった。  ずっと後ろにいた空色の流人の彼女が、青く光る杖を手に、彼の方へ駆け出してきた。 「レイアス……!! 大丈夫――!?」  四つん這いで苦しむ彼に、慌てて彼女も膝をつき、彼の顔を覗き込んでくる。  そしてその状況を招いた蒼い男……霧に包まれ、姿がはっきりとしない不意の乱入者は、彼が思わず耳を疑う声を出した。 「――怪我してんの? にーちゃん達」  突然の幼い口調。その口調相応に、声も少年のものとなった、謎の蒼い男の姿は――  霧が晴れると同時に、そこに在ったのは、短い紫苑の髪と目色の幼げな少年だった。 「……――な……?」 「――レイアス? 大丈夫、怪我はないの……?」  心配ながらも不思議そうな彼女が、彼の全身を見て首を傾げる。赤い獣の炎に包まれた火傷も、風圧や自刃の裂傷も、そこには全く見当たらなかった。  しかしそんな彼らに、ソレはにまりと、しゃがみこんで彼の体を見つめながら続けた。 「さっきの所で怪我したなら、見た目大丈夫でも油断しない方がいいよ。オレで良ければ、有料なら回復してやるけど?」  やはりどう見ても、声変わりすら来ていない幼い少年。  黒い上衣と、蒼く袖の無い上着に灰色の短い外套を纏い、腰に沢山道具袋を下げている。  七分丈の下衣に蒼いブーツで身長を水増しする小柄な相手は、そんな背丈にそぐわない、両端に刃のつく長い鎌を背中に担いでおり……巨大な赤い獣を分断した蒼い男とは似ても似つかない。
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