9/10
前へ
/330ページ
次へ
 別に……と。彼は赤い獣に向かいながら、声だけは穏やかに、旧い想いを口にする。 「それでアシュ―やタツクが助かるなら……安いもんだろ」  脳裏には最早、現状と記憶が入り乱れ、そう呟いた自身に一人で笑った。  こんな赤い獣を身の内に持っていながら。それでも彼と屈託なく遊んだのは、彼と似た理由で同年代に恐れられた悪友と、元は一軍村の子供で、両親の都合で引っ越すことになった幼馴染みの二人だけだった。 ――……やだ。あたし、ここにいたいよぅ……。  五歳になる直前に、その幼馴染みの引っ越しを、彼も悪友も突然告げられた。  泣きながら彼らの所に、別れを言いに来た幼馴染み。その時、彼と悪友は揃って、それなら逃げよう! と、三人で里を飛び出したことがあった。  それが今も度々夢に見る、幼い頃の青い光景で……遠出した先で謎の強大な敵に襲われ、幼いなりに戦った彼は、あえて己が「力」の暴走に身を任せたのだ。  そうして赤い獣を具現し、相打つように敵を退けた時、彼の右手は敵に食い千切られた。その後に彼は、生死の狭間をしばらくの間さまよい――  意識が戻った時には、幼馴染みは、とっくに引っ越していたのだった。  そこからは何故か、幼馴染みの引っ越し先に行った時も、すれ違っても目を逸らされるようになった。以前と同じように幼馴染みが接してくれることはなくなってしまった。 ――なんやわからんけど、アシュ―……おれらんこと、キライになったんかもしれん。  悪友は元々幼馴染みにつれない態度をしていたが、彼とは兄弟のように気安かったのが嘘のように、彼も悪友もわけがわからないまま、距離を置く関係となってしまったのだ。  それから幼馴染みと、まともに話をしたことと言えば。 ――……オマエ、ちゃんと闘えよ! アシュ―!  里で定期的に行われる、訓練中の子供達の武闘大会で、彼と幼馴染みが対戦した時のことだ。数年来のもやもやが爆発した幼い彼は、執拗に幼馴染みとの手合せに拘ってしまった。  その試合後に幼馴染みは、彼ら二人のことはずっと大切だと言ってくれた。それでも昔のように、屈託なく話せる状態に戻ることはなかった。  ……今朝のように、特殊な状況で再会するという、運命的な偶然がなければ。
/330ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加