第8話 その鼓動は誰のため

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「わたしのところにも王子様がきてくれるといいな。病気をなおしてくれるの」  絵本を覗き込んでいた三人の女の子のひとりが顔を上げ、目をキラキラさせて言った。陽菜も同調するようにやわらかく微笑む。 「来てくれるといいね」 「はるなおねえちゃんのところには王子様きた?」 「んー……来てくれたと思ったけど、違ったんだ」  まるで女の子の夢見る王子様を体現したような人だったが、陽菜の王子様ではなかった。彼はハルの王子様になりたかったのだ。胸の内でひそかに自嘲する陽菜を見て、彼女はきょとんと小首を傾げると、小さな手でおずおずとセーターの袖を掴んで言う。 「きっときてくれるよ?」 「……ありがとう」  この子はかつての陽菜と同じ心臓の病気だと聞いている。いつ発作で命を落とすともわからない身の上だ。けれどその幼さゆえか無邪気に希望というものを信じている。  陽菜もこのくらいの年齢のときはそうだったのかもしれない。しかし、現実を知るにつれて希望を持つことが難しくなる。そしていつしか笑うことさえできなくなる。陽菜だけでなく、長期入院している子供たちの多くがそうなっていくのを目にしてきたのだ。  それでも、この無垢な笑顔を見ていると願わずにはいられない。この笑顔を曇らせないでほしい、ずっと希望を持ち続けてほしい、決してあきらめないでほしいと--。
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