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野上は話を中断して、甲斐甲斐しく空になったわたしのカップにお代わりを注いで戻ってくると、また続きを始めた。
「てか、セリさんの方はどうなんですか。もしかしたら実は、市井さんのこと好きなんですか。下の名前でいつも呼んでるし、友達って言いつつもお付き合い長いし、ちょっとはそんな気持ち」
「ないよ!」
鬱陶しいな。…いや、これ、微妙に困るのは、実はわたしと友明は、だいぶ以前だけどちょっと何もなかったこともない…というのが。わたしの二回目の結婚より前のことなんだけど、何となくお互い…ってしまい、まぁ二、三回あったんですが、その後続かずやや疎遠になり。それぞれ別の相手と結婚した、と。
友明が会社を辞めてバーを始めてからまた友達として付き合いが再開したけど、そこからは全くそういうのなし。むしろ、以前あっただけに今更感が漂うっていうか。
でもその辺説明が面倒だし、てか全然過去のことなのに、何でそんなことコイツに話さなゃならないんだ。とは思うんだけど、なんかあるってやっぱり微妙に感じるんだな、どうやら。鋭い。そしてしつこい。
「ねぇ、セリさん、こっち向いて下さい。ちゃんと目を見て言って下さいよ、市井さんのこと好きじゃないって」
「好きじゃないよ!」
友明のことも、お前のことも。
「何でこっち見ないんですか。見れないんですか」
面倒くさいな!
「し、ご、と、中だから!」
言うなり野上の方に向き直り、ヤツのデコを指先でピシッと音の出るほど弾いてやった。
「お前もいい加減仕事しろっ」
「…いったぁ…」
跡の残る額を押さえながら、やっと自分のデスクへ戻っていく野上。その背後に声をかけた。
「コーヒー、ありがとね」
野上がパッと振り向き、にっこり微笑んで言う。
「やっぱり好きです、セリさん」
「知ってるって」
そっちを見もせずパソコン画面に目を向けたまま答えると、野上の方から返事が聞こえてきた。
「俺もです」
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