第五章 彼の気持ちを知りたい

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波乱は突然やって来た。 …まぁ、言うほど大した波乱ではないのかも知れないが。それはある日の仕事終わりの出来事だった。 俺は念願叶って、セリさんと一緒にバー『AFTER LIFE』に向かう途中だった。しばらく前に、マスターの市井さんとセリさんの仲に疑いをかけてごちゃごちゃ言いがかりをつけてから、セリさんはなかなか俺を店に連れて行かなくなってしまった。 面倒くさい、鬱陶しいと思われたのが一番の原因だとは思うのだが、一方でほんの少しだけ、俺の言ったことが的を得ていたのでは…という気がしないでもない。セリさんは突慳貪で非情で歯に衣着せず、言葉を包むオブラートを持ち合わせたことなどかつてない(但し仕事上必要な場合を除く)お人だが、こう見えて潔癖というか正直というか、嘘が大変に苦手である。 顔をこっちに向けてきっぱりはっきりと嘘をつくより、目線を逸らして何となく話を誤魔化してしまおう…という態度が仄見える時は、大体何か言いたくないことがある時なので、二人の間に何かあることは何となく気配でわかる。 問題は、それは過去形なのか現在進行形なのか、その一点なのだ。 その辺りを確認したいがためにあれ以降何度となく店に誘ったのだが、何か不穏なものを感じるらしくなかなか承諾してもらえなかった。今日は若干そのほとぼりも冷めたのか(セリさんの方は)、実に約一ヶ月ぶりに市井さんのところへ一緒に向かおうとしていたのだが。 「…あれ」 店の前、というより付近の歩道上に人影があった。遠目に男。 時間はまだ早い。今日は早めに仕事を切り上げたので、せいぜい午後八時前だ。かといって、怪しい人物でないとは限らない。俺はいざという時のために、そっとセリさんを自分の身体の陰に隠した。出来るだけ。 その男が、ふと顔をあげてこっちを見た。 「…野上」 俺の名を呼ぶ。ちょうど光が足りなくて、よく顔が見えない。が、声でわかる。 「坂本?」 心臓が異様に跳ねた。現在の知り合いの前で、以前の知り合いに突然会うって、こんなに足元不確かになるものだって知らなかった。…しかも、新旧対決。俺の中でだけだけれど。 「久しぶり」 「…うん」 書店で働き始めて一、二年はまだ付き合っていたと思うから、何年ぶりだろう。…えーと、三年…くらいかな? セリさんの方を振り向く。 「あ、これ、友人です。…大学の時の。坂本、この人今の上司。芹さん」
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