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書類と写真の端を揃えて、フォルダーに差し入れながら野上は早口に言った。
「かと言って、俺はそんなわけにはいかないですから…。データを整理して、目に見えるようにしておかないと、仕事になんないので。やっぱりこういうの作りながら進めさせてもらいます。それでいいですか」
「勿論だよ。てか、お前が正しい。そっちこそが仕事する人間のあるべき姿だよ。やり易いように自由にしてくれていいから」
わたしも慌ててフォローする。
「ありがとうございます。…セリさん」
「ん?」
ヤツはフォルダーを置いてすいと近づいて来た。デスクの端に無造作に載せてあったわたしの手に手を重ねてくる。
「…キスしてもいいですか」
「ダメです」
わたしはパソコンに向き直った。何考えてんだこいつ。
「何でか聞いてもいいですか」
「いや普通に仕事中だし」
てか、なんでしなきゃいけないんだそんなこと?と口にするのは一応思い留まったが。
「わかりました」
野上は大人しく自分の席に戻っていった。わたしはヤツにわからないよう、頭の中だけでため息をつく。
なんか、思ったよりどんどん面倒くさくなっていく気がする。やっぱり軽井沢で油断したのは迂闊だった。あれっきりで終わって、後はなかったことにするってのは無理なのか。この先、一緒に仕事してても、あんまり気が抜けないことになりそうだな。
こんな風になるはずじゃ、なかったんだけどなぁ…。
「てか、なにその表情。一体何思い出してんの」
朱音の不審げな声に我に返った。え?…表情?
「あたし、どんな顔してたの今?」
ヘンな顔してたってこと?…どうしよう、何がだだ漏れてたのか。
「いやなんか、重い~というか、憂鬱そうというか…」
「…ああそう」
よかった。ならまぁいいや。実際、憂鬱なんだから、それ以外の表情になるわけないじゃん。何びびってんのわたし。
「黙ったきり、重い顔してため息ついてんだから、どうしたのかと思うよ。何なの犬わんこに、なんか嫌なことされてんじゃないでしょうね?」
朱音が目を細めて、卓越しに頭をぐいと近づけてくる。こう見えてこの子、友情に篤いというか意外と過干渉なんだよね。変に心配させると、正直こっちも面倒。
「いや、そんなことない。大丈夫だって」
慌てて否定すると、まだ微妙に疑わしそうにわたしの表情を読もうとじっとこちらを見ている。
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