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「なずなって、こういう時心配なんだよね。困ってることや嫌なこと、ひとりで黙って抱え込んで何とかしようとするから」
朱音のふと見せた優しさに、ちょっと胸があったまる気持ちになる。
「うん。…でも、本当にいやってことないよ。気にしなくて大丈夫」
困っていないことはないが。
あの後は野上も素直に引き下がり、何事もなかったかのようにお互い作業に戻った。時間が経つうちに仕事に集中してしまい、わたしの頭からはさっきのことは綺麗さっぱり消え去っていたのだが、野上の方は全然そうでなかったらしい。
「…セリさん」
「ほい」
気づくと大層な時間になっており、野上がわたしのデスクの傍にやって来ていた。
「今日の仕事、大体終わりました」
「おぉ、もうこんな時間」
わたしは飛び起きた(集中から抜ける時の感じは、わたしに言わせるとうたた寝から急に醒めるときに似ている)。野上の方を見上げて慌てて言う。
「悪いね、遅くまで。今日はもう帰っていいよ。お疲れさん。えっと、明日は…」
なんだっけ、確か午後から買い取りが…。
そこで思考回路がぶっち切れた。
野上の手がわたしの二の腕を掴んで、席から立ち上がらせた。考える間もなく抱き寄せられて唇が重なってくる。
ああしまった、また油断したかぁ…。
もう抵抗する気も失せて、流れに身を任せた。適当に済ませろ。と、思って我慢してたら、…長い!長いよ、野上。いつ終わるんか!
「…仕事、終わったので」
「…そうだな」
やっと離れた野上が、再度軽くわたしを抱き寄せて小声で言った。
「嫌じゃなかったですか」
「終わってから聞くなっつってんだろ。前も言ったと思うけど(言ったっけ?)、不意打ちは止めて。事前に許可を取るようにしてくれるかな」
結構心臓に悪い。
野上はちょっと笑った。
「それって、キスしてもいいですか?って聞くってことですよね。さっきみたいに」
「そう」
「なんか、聞いたら断られる気がして」
「当たり前だろ。断るために聞かせるんだから」
「じゃあ聞きたくないです」
「駄目。次許可なくキスしやがったらマジでクビ」
「えぇっ?」
野上は不満そうに大声を出した。
「そんなの横暴ですよ。仕事とこれは分けて考えて下さい」
「それはこっちの台詞だよ!急に何されるかわかんないと、仕事に集中できないし気も休まらないし。とにかく事前許可は必須。これは譲れないからね」
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