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どうしようもなく震えながら、それでも受け止めようとぎこちなく動く身体。そこから立ち上る香りが本当に勇魚がここにいるんだと告げてくる。
「勇魚」
びくんとあがった瞳が不安気に曇る。何度言っても、答えても不安なのか。それを拭いたくて、舌先で勇魚の唇を撫でた。はくっと開いた口から覗いた舌が俺の舌に触れた。薄く微笑むと、勇魚が応えるようにおずおずと微笑む。
「俺は、向こうに行くつもりだった。大学か……就職か……。お前がここに帰って来ないなら、俺もそうするつもりだった」
「本当?ほんとうに?」
それこそ息が詰まるような勢いで勇魚が泣きだした。
はあと息をついて、細くて白い身体を抱きしめる。
涙の発作とお互いの熱が収まる頃には、外には薄闇が訪れていた。その闇に紛れて浜辺を手を繋いで歩く。
オレンジ色が暗く沈んだ空に星が浮かぶ。
海からの風が俺たちを揺らしているけれど、絡み合う白と黒の指は離れない。
俺は勇魚を振り返って、風に声が消えないように囁いた。
「勇魚……俺は、」
海の家の案山子:完
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