第1章

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 幼い俺の言葉に、はっとあがった視線。 「いさなと、するから」  伸ばした手を、勇魚は拒まなかった。重なる唇を受け入れた。  魚が海の上に腹を見せながら跳ねるように、勇魚の白い喉が跳る。俺はうっとりとそれを眺めながら、何度も白い肌を撫でる。 「だいてもらえた」  喜びに震える声。流れる涙。  お互いのものでぬるつく指を重ねて、その涙を吸い取った。  そうして俺と勇魚は秘密の恋人同士になった。  それから何年が過ぎたんだろう。  気がつくと俺は高校二年生に、ひとつ年上の勇魚は三年生になっていた。  俺達の関係を怪しいと思う人はいたかもしれない。けれど、やはり生活するのに精一杯の忙しい人々は、二人して兄弟のように仲良しで手のかからない俺達のことを詮索しようとはしなかった。男同士で幼馴染であるということが人々の目から俺達を隠していた。  客が引けた後の海の家。吹き抜けの座敷のぼろい長テーブルの横で、オレはごろりと寝そべる。海からの風が俺の髪を揺らしていた。夕方になってまばらになった海岸には、それでもまだ数人の人がいて、もうすぐ終わる夏を惜しんでいた。  勇魚が膝をついて、おぼんからやきそばをテーブルに置く。肘を後ろについて身体を持ち上げると、俺は微笑んだ。 「大盛りじゃん」 「もう、終わりだから」  氷を抜いたメロンソーダが赤いカップのふちぎりぎりまでついである。素早く一口すするのを勇魚はじっと見ていた。  行ってしまうと思っていた勇魚がその場所から動かない。  忙しくなれば俺がいるというのをあてにして、一緒に店をやっている勇魚のかあさんとばあちゃんは引き上げてしまっていた。だから、店番は勇魚だけなのに。 「どうした?」  声をかけると、びくりと肩が震えて、麦藁帽子の下のタオルが揺れる。薄い色のサングラスの下の目に涙が盛り上がっているように見えるのは、気のせいだろうか。ふいと視線が泳いで戻ってくる。はくっと開いた唇が震えながら閉じた。  いやな予感がした。  自分の目が眇められて行くのを感じる。そうすることで勇魚が怯えることを知っていても、不安を消すことが出来ない。 「今夜、話す」  小さな、声。  思わず手を伸ばした。その腕をつかむ。 「待てない」
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