第1章

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 夏が終わって、秋がやって来て、それから冬が来る。  約束をしなくなった俺たちは、ほとんど逢うことがなくなっていた。そうして俺の隣が空くと、そこに立ちたがる者が増えた。親の商売柄だったり、外の人間と逢う機会の多い俺は、女の子達の憧れだったらしい。そういわれて、面食らう。  でも、勇魚先輩とすごく仲が良かったから。  そう口ごもる同級生に、そうか、と息を吐いた。  差し出された柔らかい手に心が揺れた。その姿に身体に嫌悪を感じることはなくて、縋れば忘れることができる気がした。けれど、もうすぐ受験を控えている勇魚のことを考えた。  もう別れているようなものだけど、もう忘れられているのかもしれないけれど、でも、動揺させるのは嫌だから。  俺はその手を取らなかった。 「好きな人が、いるんだ」  囁いた言葉に嘘はなかった。  こんな冬にでも波が良ければ客はやって来る。  予約が入れば、土、日曜日には倉庫に暖房を入れて、シャワー室の開放や温かい飲み物や軽食を振舞う。そんな家の仕事を手伝っていた。そのまま夜になれば、勇魚がやって来て、一緒に勉強するふりで客の残り物を食べ、置いてある寝袋に一緒にもぐりこんで夜を過ごした。  だけどもう勇魚は来ない。  それでも習慣のように客の残り物を食べ、片づけを済ませると寝袋に潜り込んで、冷たい倉庫の床に寝そべった。  白い息を吐き、波の音を聞きながら、天窓が白く照らす倉庫の中をぼんやりと見る。そして、そこで跳ねる勇魚の白い身体を思い出した。喘ぐ低い声を、投げ出された真っ白な腕を。  ガタンという音を夢うつつで聞いた。  沈んだ意識、触れる手の冷たさ。  開いた視界に、あったのは。  真っ白な頬。ぱちぱちと瞬きを繰り返す瞳。  押さえた嗚咽、震える唇。 「いさな」  そう声をかけると、瞳が涙を零した。寝袋を開いて腕を伸ばすと冷え切った身体が飛び込んでくる。 「あした、なんだけど」 「うん」  明日、勇魚は行ってしまう。そして、試験に受かれば東京で暮らすことになる。 「オレ、オレは……」 「頑張れよ」  勇魚の言いたい言葉を俺は押し潰した。  行くなよ、そういいたい気持ちを押し殺した。 「頑張れ、頑張れ」  泣く勇魚の背中を撫でながら俺は呟く。  同時にそれは、自分自身を励ます言葉だった。  明け方、そっと唇が重なった。  勇魚が寝袋を出て行く。
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