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俺は寝たふりをしてそれを見送った。
『勇魚ちゃん。受かったみたいよ』
時間はばたばたと過ぎていく。
気がついた時には、勇魚はもう町にはいなかった。
剥ぎ取られた鱗のように、俺の身体にぽっかりと白い肌を晒して消えてしまった。
春が来て、夏が来て。
客が引けた後の海の家。吹き抜けの座敷のぼろい長テーブルの横で、オレはまたごろりと寝そべった。海からの風があの頃よりも少し長くなった俺の髪を揺らしていた。夕方になってまばらになった海岸には、それでもまだ数人の人がいて、もうすぐ終わる夏を惜しんでいる。
大盛りのヤキソバと赤い紙コップの氷の入ったメロンソーダ。
「いいんですか」
「いつもお手伝いして貰ってるから」
ひじをついてテーブルを見ると勇魚のかあさんに言う。
「いいのよ。もう、終わりだし」
帰って来なかった勇魚の代わりに、忙しい時には店を手伝っていた。テーブルの前でヤキソバを箸でつまみながら、もう夕方にさしかかった午後の海を見る。午後の日差しが反射して海を光で照らしている。暗い海の中を、本当の思いを隠すように。
あの日もこんなだったな。
勇魚とはあの冬の日、倉庫で抱き合ってから一度も連絡を取っていない。勇魚も連絡を寄こさなかった。どうしているのか、聞きたいと思った。けれど、聞いてしまえば、俺たちが連絡を取り合っていないというとがわかってしまう。そうすれば、何故、俺たちが連絡を取りあわないのかを説明することになる。
そんなことは出来なかったから。
勇魚がいなくなったことで、俺の周囲は少しだけ騒がしくなった。けれど、そのどんな誘いにも俺は応えなかった。そうしていると、荒れていた海が凪ぐように、俺の周囲は穏やかになった。
勇魚はどうしているだろう。泣いたりはしていないだろうか。それとも、もう誰かがいて、泣いている勇魚を慰めているのだろうか。ずきっと胸が痛む。
海からの強い風が俺を揺らした。
目を細めて、反射する海のその下を見ようとする。
見えるわけはないけれど、見えたらそこには勇魚の白い肌が見える気がした。
「風太」
聞こえるはずのない声に視線をあげた。
長袖のシャツに黒いジーンズ。麦わら帽子に薄く色のついた眼鏡。一年前そっくりの勇魚。ぐいと腕を引かれて立ち上がった。
「勇魚!……あんた!」
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