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「モモ」は彼女の呼び名、本当は百の香りで「百香」。僕らは同じ大学に通っているけれど、学部も歳も違う。彼女は三回生で、僕は今年の春に入学したばかり。出会いは、大学のサークル。泳ぐのが好きな僕は、当然水泳部に入るつもりだったけれど、部活の勧誘週間に運悪く高校の先輩に見つかり、陸上関係のサークルへ半ば強制的に拉致されたんだ。これを陸に上がったカッパって言うんだ。当然、陸上どころか走る事にすら興味のなかった僕が、練習についていけない日々が続いていた五月、新宿に向かう小田急の中で、ボロ布の様になって窓の外を眺めていた。
ふと気がつくと、誰かが後ろから僕の肩を叩いている。
「大丈夫?」
「…ども。」
それが僕とモモとの最初の会話。(会話になってない。)
「顔色わるいょ。」
と、モモは心配そうに、僕を覗きこんだ。その時、モモの髪が僕の頬をかすめ、僕は、その匂いで覚醒した。僕の中で何かが、敏感に化学反応を起こしたんだ。
「ちょっと、疲れてるだけです。」
と、この時点でモモは僕の先輩だから、こんな調子の会話になる。君も大学のサークル、中でも体育会系の部活に入ればわかるょ。
「ちゃんとご飯食べてる?」
痛い所を突いてきたな、確かにここのところ、ろくなものを食べていない。
「つい面倒で、カップ麺ばかりです。」
と僕は、馬鹿正直に答えていた。少年時代にキリスト教的な躾を受けてきた僕は、昔から嘘が言えない損な性格になっていたんだ。
「ちょうどバイトのお金が入ったところだから焼肉たべよう、元気出るから。」
この辺の断定的な言葉遣いが苦手な君は、大学での体育会系のサークルには近づかない方がいいかもしれない。僕も本当は苦手なんだ。
「あっはい。」
焼肉もいいけど、もう少し消化に良いものがなんて言ってはいけない、とりあえずは。僕らは下北沢で降り、駅前を歩き始めた。そして僕は、肩で風きるモモの後をヒョコヒョコとついて行った、まるで母鳥の後に続く雛のように。
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