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「な、なに」
「もう一枚撮ってもらうから」
「べ、べつに1枚でいいじゃない」
「ダメだ。ほら、マスク取れよ」
達哉のグローブが私の眉間に当たる。ズズズと強引にマスクを下げられ、冷たい空気が私の頬や唇を刺激した。
「寒いじゃん」
「間接キスはおしまい」
達哉も自分のマスクを下げる。顔が分かるように、というのと撮れてなかったときのための予備の一枚かと思った。達哉は再び私の肩を左手でグイと抱き寄せた。まるで私を逃がさないかのようにぎゅっときつく。私はバランスを崩して達哉の肩にもたれかかる。片足だけに重心をかけて雪の上に立つという不自然な格好。達哉がこけたら私もこける。そんなドミノの駒みたいな危うさだ。カメラの前のご主人が手を上げた。シャッターを切る合図だ。今度は顔全体も映る。私は口角を上げて笑うふりをした。
「え……?」
そしてその瞬間、達哉の右手が私の顎に触れた。カサカサしたグローブでくいと上を向かせる。
薄暗い視界は更に暗くなる。
唇に冷たいものが当たる。キスされてい、る……?
「ちょ……た、達哉?」
「黙れよ」
「だって」
「動くと画像がブレる。やり直しするぞ」
「や……だって」
「黙れよ愛弓」
「や、ん!」
突然のことに頭が追いつかない。キス、キスしてる。達哉が私にキスをしてきた。なぜ、なんで?
触れていた唇、冷たかったはずなのにどんどん暖かくなる。そして熱くなっていく。触れたところが心臓のように脈を立てる。キスされている、と思うと体全体が熱を帯びてきた。
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