プロローグ

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 で、彼はよくオーロラの話をした。なんでも学生時代の尊敬する先輩がオーロラを見てすごく感動したんだとか。“あれを見たら世界観が変わる、絶対に一度は見るべきだ”と松田さんに訴えた。松田さんは卒業旅行にアラスカを考えたらしいが、資金が捻出できずに断念した。よほど心残りなのか松田さんはオーロラオーロラとコトある度にその魅惑的な天文現象を口にした。 「なら、ボーナスはたいていってみたら? そういうのって独身のうちにしといたほうがいいって結婚した同級生が言ってたの」    と私は言った。背中を押したそのフリで、やり残したことを消化したらあとは分かってるよね?的に、暗に逆プロポーズをほのめかしていた。彼は、そうだな、そうだよな、とつぶやくように言い、ぱっと表情を輝かせ、行く!、と声を上げた。その潔い台詞はプロポーズの前フリかと思われた。そして冬のボーナスを旅行代金に充て、彼は年末年始の休暇にアラスカへ旅立った。帰ってきたらきっと結婚の話をしてくれる……。私はそう信じて式場のパンフをあちこちから取り寄せていた。  しかし。帰国した彼はキラキラと目を輝かせて渡米すると言い出した。世界のいろんな景色を見てみたいというのだ。同じくオーロラを見に来た他の国籍の人たちの話を聞き、感化されてしまったらしい。  出世頭のはずの彼はバックパッカーに。    私は彼についていく勇気もなく別れることにした。  三十路を目の前にした恋はあっさりと形をなくした。
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