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「それで? 今回はどんな野暮用だい」
橋姫は少しだけ身を離して、白い指先で手紙を抜き取り、己の着物袖へと素早く落とす。すぐに錫杖の男の胸元に美しい顔を寄せると、細い両腕を背中に回した。やがて彼女の腰に男の片腕が添えられて、満足そうに長い豪奢な睫毛が伏せられる。
好意なのか恩義なのか定かではない。
別の土地の橋に棲む彼女を、彼は助けたことがあった。つまり今、男が佇んでいる橋は、先程までいた場末の酒場の古惚けた小さな橋ではないということになる。
橋姫には各々の名前があった。
橋上で馴染みである橋姫の名を呼ぶと、彼女の橋へ辿り着くことができるらしい。男が渡った橋は異界を通し遠い場所にある橋と繋がっていたのだ。
「新地遠征の話を聞いたことがあるか」
「西葦原のことかい」
都が人足や職人を募って、広大な湿地帯に行くための大掛かりな架橋事業が計画されていた。
為政者にとっての領地拡張は、神の御業の如し。
仇成す鳥獣魚虫、服さぬ人々を含めて平定する。
経路を整え、土地の開墾という大義名分の下、全てを征服し隷従せしめることになるのである。権力を前に不都合なものは全て、人も異形も等しく排除されるのだ。
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